”課題解決”よりも”想い”を起点に仕事が始まること。それが、301がプロジェクトをスタートするときに意識することです。
それは〈HOLON〉のプロジェクトでも同じでした。依頼当初は「健康にいい、新しい養命酒を作りたい」くらいの抽象度だった堀江さん。機能的側面やマーケティング的な考え方ではなく、彼女自身が「本当に作りたいと思うもの」は何なのかを探るために、とことん対話することから新しいクラフトジンづくりは始まりました。
その中で辿り着いたのは、堀江さんが大学時代に抱いた飲み会文化への違和感。会話を続けるうちに、お酒には強制力が働く側面がある一方で、家でジンなどを飲むときは自分のために時間を使っており、内側に向かうような側面もあるということに気がつきます。
また、堀江さんの思想のルーツについても浮き彫りになってきました。大学生のときに訪れたインドで、ダライ・ラマ法王と話す機会を得た彼女は、瞑想やヨガ、心理学などに興味を持ち始めたといいます。
そんな会話から、ボタニカルの豊かな香りが意識を自分の内側へ向かせてくれるクラフトジンを、“メディテーション”の形として作りたいという方向性が見えてきたのです。
プロダクトを作るとき、よくしてしまいがちなのが「ペルソナを描くこと」。「20代でこういう属性の人が…」という話は、作り手の理想に寄ってしまいます。しかし本当に必要なのは、使い手の体験を徹底的に想像すること。
例えば、当初想定していたのは「食事に合うジンを作る」というものでした。それは、ジンはマーケティング的にも食中酒としての売り方が定番だから。しかし、メディテーションに近い体験を作ろうとしている〈HOLON〉に対して、「食事中はふと一息つくような、自分のための時間ではないのでは」というふうに想像を働かせます。それを飲みたいと思う、リアルなシーンを描いてみるのです。
また、「ジン=トニック、という固定観念を捨ててみる」ということも重要な視点でした。
「家などの安全な環境で、自分のための時間として楽しめるジンにしたい」という点に立ち帰ると、トニックウォーターを買うという行為はハードルが高い。そこから「ソーダ割りのために構築されたジン」という、プロダクトの輪郭が見えてきました。
知り合いでいうと誰なのか、その行動をとる理由を想像できるか、本当にそんな瞬間があるのか、問いを繰り返し、堀江さんと301が頭に同じビジョンをクリアに描けるところまで磨き込みました。
ブランド自身が語るものが「ストーリーテリング」だとしたとき、それを受け取るユーザーが他者にどう語るのか、は「ナラティブ」と呼んでみることにします。
ここでも、先述のように「自分だったら、友人だったら、あの人だったら、本当にそんな言い方をするのか?」という問いをリアルに突き詰めて想像します。
ブランドのことを語るとき、言いたいことはたくさんあるのですが、多くを語りすぎても複雑になってしまいます。本当に伝えたいことを明確に言い表すために出来るだけ要素を削ぎ落としたとき、「ととのう」というフレーズが生まれました。
実際に〈HOLON〉を手に取ったユーザーがSNS上で「ととのうジン」と使ってくれていたとき、それが本当に「ナラティブ」になったことを実感したのです。
〈HOLON〉の味作りに必要な要素は「自分の内側に向き合えるよう低アルコールであること」「香りが存分に感じられること」「ソーダ割りで美味しく飲めること」。それを叶えてくれたのは、蒸留家・山口歩夢さん。元々堀江さんと交友関係があったこともあり、従来のジンとは全く異なるアプローチにチャレンジしてくれました。
味のチェックや、お客さんにどう届けていくかなど飲み方の提案を担ってくれたのは、バーテンダー・野村空人さん。〈No.〉の立ち上げも伴走してくれ、今までにバーディレクションを多く手がけてきた彼がチームに参加してくれることで、バー業界に対してしっかりと認知されるようなプロダクトになることを目指しました。
また、立ち上げ後のことを考えるのも大事な視点です。301が離れても自走できるチーム体制を作るために、「役割としてそれができる人」というだけではなく、「〈HOLON〉の思想に共感してくれる人」を集めました。例えば、継続が必要な Instagram などの見せ方を担当しているのは、クリエイティブディレクターの若尾真実さんとフォトグラファーの飯塚光彩さん。2人とも堀江さんの友人であるため、ローンチから2年経った今でも彼らは信頼をもってチームとして走り続けています。